デジタルカメラを世界で最初に作った会社は、デジタルの時代に経営破綻しました。アメリカのコダックです。
先に持っていたのは、コダックだった
1975年、コダックの若い技術者が、世界で最初のデジタルカメラを作りました。本人が後に語ったところでは、社内の反応は「いいね。でも、誰にも言うな」だったそうです。当時の会社の稼ぎ頭は、フィルムと現像でした。
2001年には、写真を共有するウェブサービスも買っています。Facebook ができる3年前です。ただ、その使い道は「撮った写真を、プリントで注文してもらう窓口」でした。
その後、写真フィルムの世界の需要は2000年を頂点に落ちはじめ、2010年には10分の1以下になります。人は写真をプリントせず、画面で見せ合うようになりました。フィルムとプリントで稼ぐ形のまま、コダックは2012年1月に経営破綻します。
同じ嵐を受けて、生き残った会社
同じ時期に同じ需要の消滅を受けた富士フイルムは、フィルムで磨いた技術を、液晶画面に使うフィルムや化粧品、医薬品・医療の分野に回して、事業を立て直しました。
デジタルカメラも、写真の共有サイトも、先に持っていたのはコダックのほうです。2社を分けたのは、技術の差や努力の量よりも、物事を測る物差しだったと言われます。
- コダック:フィルムとプリントが、どれだけ売れるか
- 富士フイルム:この技術を、どこで使えるか
フィルムの物差しで測る限り、「誰にも言うな」も「プリントの窓口にする」も、その時点では正しい判断です。毎回、正しかった。だから、止まれなかったのかもしれません。
学んだのに動けない時にも、同じことが起きている
本棚に、読みかけの本はありませんか。セミナーのノート、保存したままの動画、「いつかやる」のメモ。足りないものは、たぶん、もうあまりありません。持っているのに、外に出せていないだけです。
新しい講座の案内を見て、「これを受けてからにしよう」と思う。「失敗しない」という物差しで測れば、この判断も毎回、正解です。正解を積み重ねているのに、出口が開かない。毎回正しかったコダックの判断と、よく似ています。
やり方を教える人も、自分の物差しで教えています。ある人に効いたやり方が、別の人では止まる原因になることがあります。教える人が悪いのでも、学ぶ人が悪いのでもなく、物差しが違うだけです。
物差しは、人によって違う
何を「正しい」と感じるかは、人の思考の癖で変わります。じぶんOSでは、この癖を8つのタイプで読みます。たとえば、こんな物差しがあります。
- 「もっと調べてから」で測る人(調べすぎて、動けない)
- 「失敗しないか」で測る人(失敗が怖くて、一歩目が出ない)
- 「もっといい案がないか」で測る人(アイデアはあるのに、形にならない)
- 「相手に迷惑じゃないか」で測る人(人の用事を優先して、自分のことが後回し)
どの物差しも、才能の裏側です。調べる力がある人ほど調べすぎ、人の気持ちに気づく人ほど人の用事を先にします。物差しを捨てる必要はありません。気づいて、ときどき持ち替えられれば十分です。
物差しを、1回だけ持ち替えてみる
試すなら、小さくて大丈夫です。今日1日だけ、「うまくいったか」ではなく「外に出したかどうか」で測ってみる。今ある知識だけで、短い文章を1つ公開する。作りかけの物を、1人にだけ見せる。結果ではなく、出したかどうかに丸をつけます。
1回で何かが変わるとは限りません。ただ、自分がいつもどの物差しで測っているかは、持ち替えた時に一番よく見えます。